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短編小説「HERO」


 ヒーローの朝は早い。今日の朝食は妻が作ってくれた和風朝食。 そう、ヒーローは好感度の意味でも完璧でなければならない。行ってきますのキスを済ませ、 職場へと向かう。電車? そんなものは使わない。無論車でもない。飛ぶのだ。俺はヒーロー。 地球のヒーローにして、家庭のヒーロー。そして自分自身のヒーローでもある。
 そんなよくある完璧なヒーローなのだ。

 今日の職場は大気圏外と南米の細菌研究所。 サクッと地球に迫りくるアルマゲドン級の隕石を破壊し、 人類滅亡につながりかねないウイルスを消滅させて終了だ。 マクロからミクロまで。大気圏外からアマゾンの奥地まで。 仕事の幅は広いがミスなどありえない。何故なら俺は完璧なヒーローだからだ。

 仕事を終え、近所の公園で趣味に没頭していると息子に声をかけられた。 小学校の友達と一緒だ。ヒーローは大人だからといって童心を忘れるわけにはいかない。 小学生たちとも盛り上がれる趣味を持っていてよかった。大人としての余裕も見せつけつつ、 息子と帰宅する。尊敬の目が心地よい。「今年の冬はまたパリ行こうよ! パパに乗って!」 とはしゃぐ息子を眺めながら、幸せの形を感じ取る。



 朝だ。今日も美しい妻の完璧な料理に舌鼓を打ち、幸せなキスを済ませて出勤する。 本日の仕事は、戦争ビジネスを生業とする中東のマフィアから核兵器を奪還すること。 我ながら完璧な仕事を今日も披露した。感謝の電話がアメリカ大統領よりかかってくる。夕方には仕事を終え、自分の時間を持ち、稼いだ莫大なお金を消費する。何処をどうとっても完璧。そして毎日同じ完璧。気持ちが悪いくらいに完璧なのだ。

 結論のようなものが出たのかもしれない。このあたりも完璧だなと自嘲する。きっかけは息子の言葉だった。「パパって漫画の主人公みたい。」その言葉に嫌な予感を感じた私は本屋に向かった。確かにそこにいるヒーローたちは私のように完璧だった。 そういう存在はここにしかいないことを知った。

 また朝が来た。しかしいつもと違う。仕事に行きたくない。 妻の笑顔も何か張り付けられた様に感じる。今日は仕事を休むというと 、首相から電話があり、ニュース速報が流れた。しかし皮肉なもので今日私が休んだことにより、 また地球は救われたらしい。今度は国連事務総長から電話があった。 結局は今日も完璧なる一日でしかなかったのだ。
 私は強く実感した。作られた架空の存在でしかないことを。



 夢を見たらしい。「パパみたいなヒーローになったんだ。」誇らしげに笑う息子の顔を直視できない。 今日もまた本屋へと向かう。自分が作られた存在でないことを証明するために。そしてやっと一つの答えに気付いた。それはさらに残酷なものだった。

 「俺は負けたって、また立ち上がるんだ!」息子の好きなアニメだ。 私が気付いた残酷な真実。それは創作物の主人公ですら失敗をするという事だ。 私は架空の存在というより、ただの不気味な存在なのではないだろうか。

 仕事に身が入らない。けれど結果は華々しい。これはもう一種の拷問のようだった。 近所の公園で悩んでいると、サインをねだられた。私に憧れているのだという。

 もし私が架空の存在なのだとしたら、作者は何を考えているのだろう。 創作物のヒーローは負けても立ち上がることに趣がある。私のように完璧であり続けるのは不自然だ。



 「決まってんじゃん、パパみたいになりたいんだよ。」 息子に尋ねると即答された。どうしてわかるのかと聞くと「だって僕もパパみたいになりたいもん。」こちらも即答された。

 そうなのかも知れない。私は多分架空の存在だ。現実ではありえない。 しかしきっと私に憧れ、私を必要とする人間が現実にいる。
 思わず笑みがこぼれた。そうだヒーローとはこういうものだ 。私もただのよくある普通の「ヒーロー」なのだった。
 私は必要とされる限り完璧であり続けよう。
 
 俺はヒーロー。地球のヒーローにして、家庭のヒーロー。 そして自分自身のヒーローでもある。
 そんなよくある完璧なヒーローなのだ。

END
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